「経済力」そのようなことから解き放たれて付き合いが出来るのだ、出来ると信じたいでのかもしれませんね。もちろんそれも可能なのですよ。
http://d.hatena.ne.jp/arisia/20070502/1178102009
日頃はてブにキツイコメントを寄せさせていただいておりますが、今回は、ちょっとid:arisiaさんに同感。お金は大事だ。詳しくは最後のほうで述べます。
先に違和感があった部分について。
私もたくさんの友達がいますが、付き合いやすい友達は、年収が四桁万円以上の人たちです。別に、執着でもなんでもなく、ラクなんですよ。変に気を使わなくて良いのです。だからと言って、私が20代の友達がいないか、と言うとそういうことはありません。収入に関係ない、互いに必要性があり結びつける媒体、芸術、才能などがあれば充分付き合っていかれます。
金持ちと付き合っておけ、というのはちょっと同意。たいてい、すごい人か変な人かヤバイ人だから、いろんな意味で世界が広がります。
でも、スペックで友達を作らない方が良いだろうなあ、と思いますよ。何だか男性的だなあ。もっと、友達なんて感覚的で良いんじゃないですかね。スペックで選ばれると何だか代替可能みたいで有難みが薄れるな。「ほんとの友達じゃない」とか思っちゃいそうです。
よく、「お金がすべてではない、愛情はお金で買えない。」という人がいますが、どう思われますか。
愛情はお金で買えると思います。でも、保有効果*1が働いてしまいます。一度、1万円で愛情を買えても、次には1万円では買えません、もっとお金を出さなければいけないのです。そして、どんどんコスト高となっていきます。
非常に投資効果が低いので、止めたほうが良いと思います。
また、お金が全てではないです。
お金は大事ですが、それらは所詮原資にすぎません。その原資を使って「自分が価値を見いだしているもの」に投資するべきです。その価値観は人それぞれです。「友人の人数」に価値をおく人もいれば、「人に喜ばれる」ことを喜びとする人もいます。「人格を高潔にしたい」「自分の政治的理念で国を作りたい」とか、それこそ人の数だけあるでしょう。
ですから。
その「目的」に対する投資効率によって、必要な原資が決まります。「目的達成」のコストが10万円/年であれば、年収300万円でも足りちゃうんですよ。
年収300万って言うことは、所得税(累進課税の日本において330万円以下は10%)、住民税、そのほか引かれて、手取りはこれより、少ないですよね。300万円、からとりあえず、所得税だけを引きましょう。多く見積もって、270万円。
この経済力では、私は子供が3人いますが、私立の学校へ行かせておりまして、上の娘は、この夏から留学する予定がある。とてもじゃないが、それでキレイさっぱり消えてなくなり、それでも足りない額なんですわ。
http://d.hatena.ne.jp/arisia/20070502/1178068757
よろしいか。
繰り返しになるが、id:arisiaさんは足りないかもしれないが、それで足りる人もいるんです。そして、その二つの人生は等価なんです。上下はない。
riru_riru 『もし私が男だったら、こういうお金に執着しているおばさんとはつきあいたくないわね。』 (2007/05/02 17:06)
そう。
id:arisiaさん。
あなたの人生の目的は「高い年収を得ること」だと、思われているのです。だからこそ、「品が無い」とか言われるのです。
で。
最初に戻って、id:arisiaさんに同感した点を。
「経済力」そのようなことから解き放たれて付き合いが出来るのだ、出来ると信じたいでのかもしれませんね。もちろんそれも可能なのですよ。
http://d.hatena.ne.jp/arisia/20070502/1178102009
この部分。
経済力から解き放たれて付き合いするのは難しい、です。
ほとんど不可能と言っても良い。
なぜか。
それは、大事な人ができたら、それが「人生の目的」になってしまうからです。
「ただ穏やかに日々を暮らしたい」という目的で生きていた人は、年収300万円さえいらないかもしれません。
しかし、大事な人ができ、目的が「この人を幸せにしたい」に変わったとき、今までのプランは崩れるのです。足りなくなるんです、お金が*2。
無欲は悪いことではありません。
お金に執着が無いのも、いさぎよいでしょう。
自分の「目的」を見据えて、どれほどのコストがかかるのかを見積もりつつ、なおかつ将来のプラン変更のリスクを考慮しても必要な収入が低い場合、年収が低くてもまったく問題ありません。
しかし。
自分の「目的達成」原資を得る術がないのに、「お金はいらない」と言ってしまうのは、欲が無いのではなくただの無計画です。