前日、「日の丸・君が代」訴訟東京地裁判決を支持する、と書きましたが、前言撤回します。
以下、論拠。
例えば、あいさつ。
これは、たぶんどの学校でも生徒に「義務付けている」と思います。当然、明言はしていないでしょうけど、教師にも「義務付けている」はず。
思想良心の自由に基づいて、「わたしはあいさつをしない」というのは、確かに自由なのですが、教師としては問題があるでしょう。自由の行使を我慢していただくか、転職していただくしかないと思います。
国旗国歌教育も、これと同様に考えるべきでしょう。
しかし、国旗国歌の問題については、「常識」と言い切るには、いささか複雑すぎる背景があります。
ある学年になったら、以下のように教えるべきでしょう。
- 国旗国歌を敬うことに疑念がある人たちがいるので、その人たちに配慮が必要。
- 国旗国歌を敬わなくても良いが、これこれこういうコスト・リスクが想定される。
いずれにせよ、生徒に強制する事が「日の丸・君が代」を「国旗・国歌」として理解させることには繋がらない、という考えは変わりません。