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不動産屋のラノベ読み

不動産売買営業だけどガチガチの賃貸派の人のブログ

Ingressで都市論

 
特に都市論について学んでいるわけでもない地方都市の不動産屋風情が、こんな都市論的記事を書くのは殆い、というのは理解しているのですが、ブログでは自分の書きたい事を書くと決めているので書きます。
この論自体に大した意味を持たせることはできていませんが、有益なリンクを提供させていただいていると思います。まともに読むよりも、この辺のテーマのリンク集だと思って読んでいただく方が、精神衛生上の面からもいいのかもしれません。知らないけど。
 
 
 
あ。
あと、言うの遅くなりましたが、Ingressで都市論というのは釣りです。
 
きっかけはこのツイートまとめです。

簡単に説明すると、「三井アウトレットパーク」は本当は富山市呉羽町)に建てるつもりだったんですよね。ところが、富山市はあの例の「コンパクトシティ政策」を進めているので、こんな施設の建設は許可しなかった。よって、富山市の隣の隣の小矢部市に建てることになった、という経緯があるのです。
続き)そうなると、どうなるか。おそらく富山市の住民はその隣の隣の小矢部市の「三井アウトレット」へ自動車で買い物へ行くことになると思うのですね。市が「コンパクトシティ政策」を強力に推進したために、他市に買物客が流出してしまうのです。実際、これは青森市でも起きたことです。
あと、今年7月にオープンする富山市の隣の隣の小矢部市の「三井アウトレットパーク北陸小矢部」の他に今年8月に富山市の隣の射水市に「コストコ射水」がオープンする。この「コストコ射水」の建設を巡ってもすったもんだがありました。(富山市が「コストコ射水」の建設に反対して射水市と対立した)
いずれにせよ、「コンパクトシティ政策」は果たして本当に良い政策であるのかは改めて問わなくてはならない。

コンパクトシティ富山市は自滅するか否か - Togetterまとめ

大いにうなずくところもあり、首をかしげたところもあり、なかなか面白かったので。
 

コンパクトシティ・スマートシュリンクは間違ってない。

まず、前提として共有しておきたいのは、コンパクトシティ・スマートシュリンクは間違っていない、というところです。
理由を挙げます。
 

人口が2倍になると、平均収入は1.2倍になる。

しかし もっとも重要なのは 傾きが 生物の代謝では4分の3であったものに 相当するものが なんと1より大きい 1.15〜1.2くらいです このグラフは 都市が大きければ大きいほど 人口1人あたりの富が多いということを示します 生物学の場合とは逆に 収入がより高く 超独創的な人の人口あたりの数が増え 人口1人あたりの特許数 犯罪件数も同じです

ジェフリー・ウェスト:都市および組織の意外な数学的法則 | Talk Subtitles and Transcript | TED.com

ジェフリー・ウェストという方の研究によると、都市の人口が2倍になると平均収入が1.2倍になるそうです。これは国を問わず、そして年代を問わず観測されるそうです。単純に考えれば、人口が集中すると効率がよくなるため消費が抑制されそうですが、現実はその逆ということです。
つまり、都市を集中させると、スケールメリット以上の効果がどうやら現れるらしい、ということです。おそらく人口が増えることによる多様性の生産が都市を活発にするのでしょう。
 
逆にスマートシュリンクを失敗するとどうなるか、については、日本だと夕張、アメリカだとデトロイトを参照するといいでしょう。

今回、もっとも衝撃的だったのは、夕張のゴミ処理場の実態でした。
 
写真は焼却施設ですが、実は現在は使われていません。老朽化によりダイオキシン対策基準を満たすことができず、かといって破綻によって建て替えも取り壊しもできず、無残にその姿をさらしています。
じゃあ、夕張ではゴミはどうしているのでしょうか。
 
なんと、処理場にほったらかし。生ごみも、燃えるゴミも、燃えないゴミも。あたりに一面に漂う異臭と、信じられないほどの数のカラスたち。
おと「これって、一杯になっちゃったらどうするんですか?」
職員「幸い人口が減っているので、あと5年くらいは持ちそうなんです」
おと「じゃあ、その後は…??」
職員「・・・」

「燃えるゴミ」が燃やせない町・夕張に、暗い日本の未来をみた

デトロイトの場合、街が開発された時期が古く、中心部には築100年の住宅が当たり前のように並んでいる(日本と異なり米国の住宅は良質なので、100年以上普通に使える)。当初は比較的賃金の高い熟練工向けの良質な住宅として整備されたが、現在の高賃金労働者の多くは、新しく開発された郊外の住宅地に住んでいる。デトロイトの中心部は、サービス業などに従事する低賃金労働者や移民などが多く住んでおり、自動車産業の復活の恩恵を直接的には受けていない。
 
一方デトロイトの郊外には、自動車産業のホワイトカラー層や日本などからの駐在員が多く住む高級住宅地が多数開発されている。またデトロイト郊外にはミシガン大学など著名大学が多く、アナーバーという街では、ミシガン大学出身者の頭脳を確保するため、Googleも拠点を構えている。だがこれらの地区は、行政区域上はデトロイト市に入らないため、デトロイト市の財政には寄与していない

なぜデトロイト市は破綻したのか 米自動車産業、奇跡の復活の恩恵は?

 
もっとも、デトロイトでは早くもジェントリフィケーションが起きているようです。

「自動車の街」として繁栄した米ミシガン州デトロイト市が財政破綻(はたん)してから約1年がたった。中心部の空きビルにはベンチャー企業が集まり始め、少しずつだが、活気を取り戻しつつある。若い起業家たちの熱気が、地域の再生につながると期待されている。

財政破綻デトロイト、起業で再生を 空きビルに若手集う:朝日新聞デジタル

地方都市の商店街をいっぺん潰しちゃう、というのも一つの方法なのかもしれません。
 

コンパクトシティと大型商業施設は両立する

これは前掲のツイートまとめでも言及されていますが、コンパクトシティだからといって大型商業施設を排除する必要はありません。 

情報ありがとうございます。「コスト射水」は工業団地「小杉インターパーク」(北陸自動車道の小杉インターチェンジのすぐ近く)の一画に建てられるんですね。高速道路のインターチェンジ付近は商業施設の立地でも好条件なので、これは当然だと思います。(続く
続き)よって、コンパクトシティを推進するのであれば、高速道路のインターチェンジ付近をその地域の中心部に定めてコンパクト化したら良いのだと僕は思います。地域の中心部が鉄道の駅前である必然性はないです。

コンパクトシティ富山市は自滅するか否か - Togetterまとめ

「SCを都市の中心にする」というのは、暴論とは言いませんが、いささか性急な意見だと思います。ですが、SCを都市の中に組み込んでいく、という取り組みは全然あり得ます。
 

熊本型コンパクトシティ

「熊本型コンパクトシティ」というものが注目されているようです。

将来のめざす都市の姿として、買い物や通院等、日常生活に必要な機能を有する市内15の地域拠点と、商業、業務など高度な都市機能が集積する中心市街地とを、鉄軌道など利便性の高い公共交通で結ぶとともに、これらの地域拠点への住まい誘導などを進めていく

http://www.uit.gr.jp/members/thesis/pdf/honb/413/413.pdf

複数の地域拠点をハブとして、そのハブを公共交通で結ぶ、という形ですね。結果が出ているわけではないので評価しにくいのですが、中心市街回帰型のコンパクトシティはどうしても商業中心に偏りすぎているのではないか、住民の住みやすさはどうなるのか、という疑問が出てきます。住みやすさに着目して、高評価の地域、あるいは効率よく住みやすさを実現できる地域、を拠点に移住を進める、というのは合理的であるように思えます。
 

スモールワールド

このやり方を見ると、「スモールワールド」を想起しますよね。

コーネル大学の二人の心理学者ダンカン・ワッツ及びスティーブン・ストロガッツは1998年、ネットワーク理論からスモール・ワールド現象を説明しようとする最初の論文を出した。その中で彼らは、スモール・ワールド的性格が自然のあるいは人工的なネットワーク(C. elegansの神経系や送電網)双方に出現することを示した。彼らは規則的な格子から始め、そこに少数のランダムなリンクを導入したところ、ネットワーク全体の直径(ネットワーク内の任意の2つの頂点を結ぶ最短経路の平均値を、そのネットワークの直径という)が極めて小さくなった。

スモール・ワールド現象 - Wikipedia

 
仮に、都市の多様性が住民のネットワークによるとすると、都市は「スモールワールド」であればあるほどよく、「ハブに1本長いリンクを引く」というのは理にかなっていると思われます。

東京を初めて訪れる外国人を案内するとき、私は都庁の展望台に連れていくことにしている。
果てしなく広がる東京 (都市圏) の規模の大きさに、彼らは間違いなく驚く。
低コストの大量輸送機関があれば、一定のつながりの度合いを維持しながら、高層化をおさえて水平に拡張することも可能だ。
デトロイトなど人口が減少する「縮退都市」は、より小さな地域に集中することで、つながりの度合いを高めようとするものだ。
人口が大きいだけで、つながりを生み出さない都市は、経済的パフォーマンスも高まらない。もっとも、つながりの度合いが低い都市は、成長のしようがないのかもしれない。

都市はみずから成長する | Follow the accident. Fear the set plan.

 

Ingressで都市論

「1本長いリンクを引く」と言えば、Ingressですよね(強引)
Ingressを知らない方は適当にググっていただくとして*1ざっくり説明をしますと。
要は地図上にリンクを引いていく陣取りゲームなんですが、リンクを引くためには、現実の世界で線の両端を訪問していなければなりません。リンクがあるならその両端を誰かが訪れていることになりますから、逆に言うと、リンクがないならその両端を訪れているプレイヤーが少ないのかもしれない、ということになります。
プレイヤーの行動は実際の都市のあり方によって拘束されますから、そのプレイヤーの行動を観察することによって、都市の構造を見ることができるのではないか、という思いつきです。
 
というわけで、地元である水戸の画像を貼ります。

主要な観光地である「偕楽園公園」と、古い中心市街地である「上市」や新しい市街地である「駅南」が見事に分断してますね、素晴らしい。
 
 
 
ええ、分かってます。暴論ですよね。
 

その他の問題

関連するその他の問題を挙げてみます。
 

モータリゼーション

駅を中心としないコンパクトシティは、モータリゼーションを促進してしまうのではないか、という心配があります。
バス等の公共交通でリンクをするとしても、都市間レベルのリンクを引くことはできません。つまり市外からの来訪者は「駅→公共交通」で行くか、車で直接行くか、しかないでしょう。茨城県の人間が成田エクスプレスに乗らないのと似たようなものです。
モータリゼーション前提の社会は、運転ができない高齢者や障害者などの生活の質を下げます。最近の法令改正により、精神疾患等の人が免許を取りにくくなった経緯もあります。
 
ちょっとSFになりますが、Googleカーが都市を救うかもしれない、という意見もあります。

人口減少に伴って、地方や郊外では住民の交通の足をいかに確保するかが社会問題になっているけど、「自動運転車」はそれを解決する上での強力なアイテムとなるに違いない。現在の地域バスにせよコミュニティバスにせよ、その維持に最もコストがかかるのが人件費だからである。ここが一気に削減できる。
高齢者や障害者らにとっては、コンパクトシティ論者らが主張している「歩ける都市」よりも「自動運転車を活用した都市」のほうが優しい都市になるであろうと僕は考える。これからの未来の都市づくりにおいては「自動運転車」が必須アイテムとなるだろう。「自動運転車」の一日も早い実用化が待たれる。

「自動運転車」が実用化されたら、都市は一気に変わる - Togetterまとめ

 

インフラコストの問題

駅を中心としないコンパクトシティは、結局インフラコストを増大させるのではないか、という心配があります。

町の集約化を進めなければ、今後さらに負担が増していくと警告する専門家がいます。
土木工学を専門にする名古屋大学教授の林良嗣さんです。
林さんは、各地の都市を500メートル四方に分けて道路と上下水道の総延長距離と人口から1人当たりのインフラ維持費用を調べています。
例えば名古屋市とその周辺の場合、中心部の年間の平均維持費用は1人当たりおよそ1万6,000円。
一方、郊外の中には80万円近くかかる場所があることが分かりました。
今後さらに郊外の人口減少が進むと、中心部と郊外の維持費用の格差は最大180倍にも広がると林さんは指摘しています。

わが町を身の丈に - NHK クローズアップ現代

各シナリオにおける都市圏全体での夜間人口あたり費用の経年変化を図−13に示す。市街地面積が現状のまま推移するシナリオ0においては、人口減少により2050年には夜間人口あたりの負担額が約17%増加する。シナリオ20〜80においてはシナリオ0に対して費用削減効果はあるものの、その効果が顕著になるのは2040年以降である。これは、人口がある程度撤退しなければ顕著な費用削減効果は得られにくいということを意味し、長期的な視点での取り組みが必要であると言える。また、2010年の費用を下回るためにはシナリオ80のレベルの市街地集約が必要であることがわかる。

http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00041/2010/27-0305.pdf

2050年には1人当たりのインフラコストが17%増加する、ということらしいです。そして2010年並みの負担にするためには、効率の悪い地域の上位8割の地域から撤退する必要があるそうです。
これ、名古屋圏という日本有数の大都市圏の話だというのが……
 

多様性の問題

都市が内包する多様性について着目すると、SCは多様性の伝達装置としての役目を果たすものの、多様性を創造する事はできないのではないかな、と思います。結果、SCを中心としたコンパクトシティは東京郊外都市の劣化コピーを生むだけのような気がします。人口減少社会においてそのような都市がどのように変化していくのか、興味はあります。
 
 
 
市場によって自律するようなSCがあれば、都市の中心としてちょっと面白いかもしれないな、という妄想をしたことがあります。具体的に言うと、マンションのように売り場面積を売買できるSCです。
まあちょっと無理でしょうけれども……
 
 
 

*1:今から始めるなら緑がいいと思います