不動産屋のラノベ読み

不動産売買営業だけどガチガチの賃貸派の人のブログ

「ガイドライン 拘束力はありません ですがきちんと守ってほしい」と国交省

 こんなニュースがありました。

 不動産管理会社の旭化成不動産レジデンス(東京)が、賃貸住宅の原状回復に関する国の指針を逸脱し、貸主に有利な賃貸借契約書を使用したとして、国土交通省が是正を求めたことが5日、分かった。
(中略)
 指針に法的拘束力はないが、国交省旭化成不動産の契約書について、「指針の考え方とは異なり望ましくない。見直してほしい」(賃貸住宅対策室)と指摘している。

 え? ええ?
 と思ったので、記事を書きます。
 

原状回復ガイドライン

 この指針というのは「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」のことでしょう。

 こうした退去時における原状回復をめぐるトラブルの未然防止のため、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引の実務等を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方について、妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとして平成10年3月に取りまとめたものであり、

http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html

 国土交通省の基本的な指針でして、詳しい解説は省きますが、たとえば「自然損耗は貸主負担」のような内容であり、これによって不動産屋の契約書の内容も大きく変わりました。おそらくトラブルが起きても大家のむちゃくちゃな要求が通ることが減ったのではないかと思います。このガイドライン自体は個人的にも「国交省GJ」と思っています。
 また、この判例に基づいて、次の民法改正にて敷金の性質を定めた条文が盛り込まれる予定で、ガイドラインの考え方に近い内容となっています。
 

原状回復ガイドラインの位置づけについて

 さて。
 私が「えええ?」と思ったのは、ここです。

 指針に法的拘束力はないが、国交省旭化成不動産の契約書について、「指針の考え方とは異なり望ましくない。見直してほしい」(賃貸住宅対策室)と指摘している。

 というのもですね。
 ガイドラインはあくまでガイドラインであって、契約上あいまいな部分があったときに従うものなんです。
 誤解を恐れず分かりやすく言うと、「デフォルト値」みたいなものです。
 たとえば、「原状回復」に対して定義や宣言がされてなければデフォルト値である「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」が用いられますが、「畳の表替えは借主でやってね」と定義されていればそちらを用いるのです。
 プログラマさん向けにさらに分かりやすく書くと、「賃貸標準契約」というクラスがあって原状回復プロパティには初期値があるのですが、個別契約のインスタンスを作成する時に別の値を持たせることができるのです。
 
「そんなのオレオレ解釈だろ」とおっしゃる方もいるかと思います。
 そうではないんです。
 たとえば、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」にもこうあります。

 民間賃貸住宅の賃貸借契約については、契約自由の原則により、民法借地借家法等の法令の強行法規に抵触しない限り有効であって、その内容について行政が規制することは適当ではない
 本ガイドラインは、近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方等について、トラブルの未然防止の観点からあくまで現時点において妥当と考えられる一般的な基準ガイドラインとしてとりまとめたものである。
 したがって、本ガイドラインについては、賃貸住宅標準契約書(平成5年1月29日住宅宅地審議会答申)と同様、その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものであると考えられる。

http://www.mlit.go.jp/common/000991391.pdf

 賃貸借契約は、「契約自由の原則」によって、借地借家法26条以下並びに消費者契約法8条以下の強行規定(契約の内容を規制する規定)に反しない限り、当事者間で内容を自由に決めることができます。
 契約はあくまで当事者の合意により成立するものであり、合意して成立した契約の内容は、原則として賃借人・賃貸人双方がお互いに守らなければなりません

http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000024.html#4

 契約内容に沿った取扱いが原則ですが、契約書の条文があいまいな場合や、契約締結時に何らかの問題があるような場合は、このガイドラインを参考にしながら話し合いをして下さい

http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html

 
 基本的には「両者とも内容を理解して合意したなら契約に従え。そうでないならガイドラインに従え」ということなんです。
 

1歩踏み込んだ?

 国土交通省がこのような是正を求めたのは、おそらくこの判例を受けてではないかと思います。

建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である。

http://www.retio.jp/cgi-bin/example_display.cgi?number=143

「お宅んとこでやってる契約、あれ、全部ちゃんと原状回復の範囲を明記して説明して、きちんと合意とってやってんの? やってないならアレだよ、無効だよ? 無効な特約テンプレにしちゃまずいでしょ?」というような、消費者保護の観点からあえて口を挟んできたということでしょう。業界人としては「1歩踏み込んできたな」と感じました。
 
 
 
 ただ、一方で、こういう判例もあります。

 住宅の賃貸借契約においてハウスクリーニング費用及び鍵交換費用を賃借人が負担する旨の特約が、有効に成立しており、消費者契約法10条に規定する条項にも該当しないとして、有効とされた事例

http://www.retio.or.jp/case_search/pdf/retio/78-134.pdf

 きちんと説明がされていれば原状回復特約も有効になりえます。
 ちゃんとした「原状回復特約」もある、ということです。
 それを考えますと、契約自由の原則に基づきこのような是正要求は本来よくないことであると思います。
 しかし、原状回復トラブルの訴訟についてのある調査によると、22件の訴訟のうち借主の請求がまったく通らなかったのは5件だそうです。プロであるはずの大家がアマチュアの借主より勝率が悪いというのは、賃貸不動産のプレイヤーのレベルの低さを表している、と言われそうな感さえあります。
 何らかの根拠や合理性に基づいて原状回復特約が付されているのではなく、「前からそうだったからなんとなく」のような無理解と不勉強により特約を付しているように思えます。
 今回の件は、国土交通省に「お前ら、自由を認めてもらえるレベルじゃねーだろ?」と言われているのではないでしょうか。
 
 
 

蛇足

 ところで。
 個人的には、クリーニングや鍵交換などは借主負担特約をした方が自然であり合理的であると考えていますが、まあこれに関しては後日。